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画面に映し出されたのは、久々にみる異母弟だった。 金髪の細面、皇族らしい煌びやかな衣装を身に纏った様子から、恐らくまた朝からパーティ三昧の日々を送っていたのだろう。この弟は社交界と芸術の方面に秀でていてその名を馳せているが、軍務にせよ政務にせよ、統治者として必要な才能に関してはほぼ皆無だった。 第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア。 その弟は今、通信画面の向こう側にいた。 顔面蒼白で今にも倒れそうな頼りない姿に呆れる。 『姉上、お力をお貸しください!』 「テロが起きたという報告は聞いている。軍を動かし殲滅せよ!」 『そのような状態では無いのです!軍を動かして済む問題ならば、わざわざこうして連絡などせず、殲滅しています!』 見た目を酷く気にするこの弟が、髪を振り乱し、掻き毟るしぐさを目にし、コーネリアは自分の想像の範囲を超えた何かが起きたのだと悟った。だが、それが何かはこの弟から聞きださなければならない。エリア8、5、2、12、そして6で起きている異常事態の鍵を持っている可能性もある。 「落ち着きなさいクロヴィス。貴方が冷静さを欠けば、相手の思うつぼよ 」 『!!マリアンヌ様もおいででしたか!』 これは心強いと、クロヴィスの目にいくらか冷静な光が戻った。 「挨拶は後。何があったのか話しなさい」 元ラウンズとしての、皇妃としての力強さの宿った冷静な声が響きわたる。浮足立っていた者たちは、その声に引きつけられ、思わず視線を向けた。周りがパニックを起こしている中、揺らぐことのない姿で立つマリアンヌは、まさにブリタニアの守護神と言っても過言ではないほどの力強さがあった。一瞬、周りは静寂に包まれた。 「落ち着いて話しなさい。時間が惜しいわ」 マリアンヌの言葉に周りの者たちも正気を取り戻し、自分の仕事に戻って行った。ほんの少し前までのパニックからは信じられないほど、皆は冷静さを取り戻している。自分の後ろに立つ強大な盾の存在は、そこにいるだけで彼らの心の支えとなるのだ。 コーネリアは自分との格の違いを目の当たりにし、私はまだまだ未熟だと思い知らされると同時に、さすがマリアンヌ様だとその憧れをさらに強めた。 画面向こうのクロヴィスも同じで、先ほどのパニック状態から立ち直り、定まっていなかった視線もようやくこちらに向けられていた。 だが完全にパニックは抜けきっておらず、躓きながらも現状をどうにか伝えてきた。 『突然、政庁周辺に、敵のKMF部隊が現れ、現在戦闘が行われております』 ざわりと、辺りがざわめいた。 「どのぐらい押さえられそう?」 『第1防衛ラインは突破されました』 政庁には総督であるブリタニア皇族が滞在するため、その護りは厳重だ。とはいえ、今の話が事実ならば、接近にすら気付けず戦闘が始まったということ。 帝国に挑んでくるのだから、敵の勢力は相当なもののはず、それが一切の気配を感じさせることなく、突如姿を表した。これを脅威と言わずなんという。敵が政庁の爆破を目的としていたなら、とっくに決着がついていただろう。だが、幸いなことに政庁を破壊するのではなく、そこを制圧し総督であるクロヴィスを押さえることを目的としていた。それも、秘密裏に内部に入り込み押さえるのではなく、誰の目にも明らかな形でブリタニアに勝利し、押さえるという方法をとって。 「そう、みなよくやっている様ね。一番近い基地からの援軍はどのぐらいかかりそうなの?」 突然始まった戦闘に対処したのだから褒めるべきだろう。第一防衛ラインは崩されたが、まだ落とされずに済んでいるのは、彼らの訓練の賜物なのだから。あとは全ての防衛ラインを破壊される前に、援軍が到着できるかどうか。 『すでに基地を出ていますが、ここに到着するまであと20分はかかると』 「攻め込まれて、どのぐらいたったのかしら?」 『そ、それは・・・バトレー!・・・そ、そうか。申し訳ありません、敵が姿を現し、戦闘が始まってから12分ほど経過しています』 「なら問題はないわ。残りのラインを維持できるよう全力を尽くしなさい。攻めて来ている者たちは、これほど鮮やかに奇襲をかけても未だ政庁を攻め落とせていないのだから、戦力はそう多くないと見ていいでしょう」 『こ、このまま待つのですか!?』 「残念だけど、その状態を切り崩すというのは不可能よ。全員が防衛に回らなければ維持できないのだから、兵を削り奇襲をかけるのは悪手でしかないもの。援軍は私が指揮・・・」 その時、激しい爆音が鳴り響いた。 画面向こうの部屋に爆風と炎がまきあがるのが見え、クロヴィスがそちらに視線を向けた映像を最後に、通信は途絶えた。 「クロヴィスっ!何をしている!通信を急ぎ回復させよ!」 「い、イエス、ユアハイネス!!」 急ぎ通信回復に努めたが、相手からは反応は無かった。 「落ち着きなさいコーネリア。今の状況から、あちらの通信設備が破壊されたことは解るでしょう?こちらからいくらアクセスしても無駄よ」 「で、ですが!」 「防衛ラインでせめぎ合っているだけではなく、奇襲部隊もいた様ね。建物の外からか、あるいは既に内部に入っていたのか・・・クロヴィスがいると思われる場所を的確に狙い、爆破した。政庁の内部構造も全て把握していると見ていいわね」 すっと目を細め言うマリアンヌは、子供思いの皇妃ではなく、歴戦の騎士の顔をしており、たった今得られた僅かな情報で、何が起きたのかを冷静に分析していた。 この冷静さが必要だとは解っていても、腹違いの弟が目の前で襲われたのだ。 コーネリアは怒りで目の前が赤く染まるのを感じていた。 「相手の目的は解らないけれど、クロヴィスは生きているわ」 その言葉に、ハッと我に返りコーネリアはマリアンヌを見た。マリアンヌの視線は、黒く塗りつぶされたモニターに向けられたままだった。 「無事だという事ですか、クロヴィスは。まだ殺されていないと」 「誰にも気付かれることなく、第一防衛ラインを突破できるほどの戦力を集結させ、機密事項である政庁内の情報・・・それも、緊急時に皇族が身を隠し、指揮を取るための隠し部屋の情報まで手に入れた相手よ」 「・・・それがクロヴィスの命とどう関係が・・・」 「わからない?僅か12分ほどで第一防衛ラインを突破し、20分と掛からずにあの部屋の壁を破壊できるだけの策を実行できる指揮官が敵なのよ。しかもKMFをこちらに気づかれることなく、政庁周辺に集結させられるほど狡猾な策士が。そんな相手が、ようやく手に入れた皇族をそう簡単に殺すと思う?」 取引にせよ、見せしめに殺害するにせよ、今すぐにでは無い。 何せこれからその場所に、ブリタニア軍が到着するのだから。 政庁を制圧し、その状態を維持するのか、それとも姿を消すのか。どちらにせよ、クロヴィスに手を出すのは今すぐではない。 「テロリストは目的を達成した。私でも舌を巻くほど見事な手際だわ。でもね、自爆テロでもない限り、皇族であるクロヴィスを殺してしまえば取引材料は消え、自分たちはこれからやってくるブリタニアの援軍によりあっさりと制圧されることになる」 「取引をしてくるのを待てと・・・ですがマリアンヌ様」 「ブリタニアは弱肉強食が国是。人質となった時点でクロヴィスは弱者よね。見捨てるのがセオリーだけど、事はクロヴィスだけの問題じゃないのよ」 「どういう意味ですか、マリアンヌ様」 「貴方たち、他のエリアからの通信はまだきているのかしら?」 「い、いえ。テロの報告のあった全てのエリアからの通信が途絶えました」 「でしょうね。この同時多発テロの首謀者が同じ人物なら、全員既に捕えられているとみていいでしょう。ルキアーノとドロテアは、異常が起きるより前に捕えられたと考えるのが自然ね」 「・・・っ、ラウンズを、ですか」 一騎当千のラウンズをあっさりと押さえ、その上政庁を制圧し皇族を捕えた・・・それも、テロの起きた全てのエリアで。そんなことのできる人物が、存在しているというのか。もしいるのなら、それはどんな化物だ。 「コーネリア。まだ終わってはいないわ」 「・・・と、申されますと」 「まだ、始まったばかりだということよ」 マリアンヌの零した言葉に、コーネリアの顔から血の気が引いた。 緊急通信を示すけたたましい音が再び鳴り響いたのは、そのすぐ後だった。 「マリアンヌ様!エリア1から緊急連絡が!」 「っ!エリア4からもです!」 オペレーターたちは、先ほどよりは冷静に、だがそれでも信じられないという声で次々と報告を開けた。1と4だけではない。残ったエリア全てから連絡が入るだろう。 「・・・マリアンヌ様、これは・・・」 「全てのエリアが、落ちたわ」 決定事項だという様に、マリアンヌは冷たく告げた。 この日、2時間にも満たない僅かな時間で、ブリタニアが有する植民地は全てテロリストの手に落ちた。 |